蒸気機関車の写真館 「煙にまかれて」 海外蒸気 エリトリア 鉄道 1-2
Eritrea Eritrean Railway
エリトリア エリトリア鉄道 1-2
2011年9月〜10月に初めての訪問。10日間撮影し、その画像を11回に分けて掲載。その2は、2日目の
画像。朝早く、Asmara(118km地点、標高2342m)から日本ODAで建設された道路を利用してMassawa
(0km地点、標高3m)に向う。Asmaraから出られる旅行許可証が発行されていた。検問所で、軍人に許可
証を見せます。ほとんどの軍人は銃を持たず私服姿。理由は、お金が無くて軍服や兵器が揃えられないからと
のことだった。ともあれ、約3時間でMassawaに到着した。列車では、その倍はかかるとのこと。
Massawa(0km地点、標高3m)の埠頭に到着した。鉄道の起点で、紅海に面した島の埠頭に隣接して
いる。昔から天然の良港として栄え、エリトリア第一の港である。島とアフリカ大陸は土塁の上に築か
れた道路と鉄道でつながっている。しかし、暑い!。冷房の効いた車から降りると、頭がクラクラし、
めがねが曇る。気温42℃、湿度100%。以降、埠頭付近での撮影。
そんな暑さでも荷役用クレーンがゆっくりと動いていたた。
小さな漁船が到着した。
埠頭の向かい側は、コロニアル風の建物が広がる旧市街。
島から本土に向う。
王宮の跡とのこと、独立戦争で破壊されたままの姿で保存しているとのこと。
紅海の名前だが、真っ青な海だ。
コロニアル風の旧市街。暑さのため歩いている人は少ない。Massawa Port駅。
以上がMassawaの埠頭付近です。
Massawa(0km地点、標高3m)から少し内陸部のMoncullo(8km地点、標高30m)に移動。乾燥地帯に
入り湿度が下がってきた。気温は高いままだが、少し身体が楽になった。これ以降、Monculla
(8km地点、標高30m)付近の撮影。
全線に渡って、このような石積みのアーチ橋が使われていた。最近、中国が、エリトリアの鉱物資源開
発を計画しているとのこと。その際、鉱石輸送のために、この鉄道を改修するらしい。そうなるとこの
アーチ橋も失われる可能性がある。川は、涸れ川で、この時期は乾季で水がない。その数年後の大洪水
で橋梁が流され、以降不通のまま。
葉に棘のある木です。その下には、落葉がマキビシのように地面に広がっている。ズック靴程度なら簡単
に踏み抜いてしまう。でも地元民ははだしでも普通に歩いています。うまくよけて歩くのだろう。
らくだもいる。
子どもがヤギの世話をしていた。
ちょっとポーズを取ってくれた。
ソマリアからの難民たちとのこと。一応、食料は回っているようだ。
日没狙い。
ロバに乗って水汲みに向かう。
以上、Moncullo(8km地点、標高30m)付近での撮影。
また、Massawa(0km地点、標高3m)の埠頭に戻って夜撮。ところが突然の停電で、車のライトを
光源にして撮影の続行。
撮影終了間際になって、やっと停電が解除された。この夜はMassawa泊です。ホテルの空調が不十分で
寝苦しい夜だった。1-3に続く。
エリトリア エリトリア鉄道
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この前は、イギリス ディコット鉄道センター(1=
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この次は、ザンビア・ジンバブエ国境 ビクトリア橋線(1-1=
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